「新興国の格安メーカーとの競争に敗れ、没落した地方産業を復活」。。愛媛県今治市の「今治タオル」の戦略に関わっている佐藤可士和さんと当事者である四国タオル工業組合の共著です。
iU生にとっても、ビジネス課題の解決策として、ブランド・マーケティングを利用し成功した事例として大きな学びがある本です。
今治タオル産業の課題
まず、今治のタオル産業が直面した課題その1:「海外メーカーに敗れた」とはどういうことなのか?
要因のひとつはビジネス構造にありそうです。
「メーカー→問屋→小売」これが、今治のタオル工場から消費者にタオルが届く順番です。
この順番。モノやサービスを消費者に届ける仕組み・順序を「サプライチェーン」と呼びます。
サプライチェーン上で、重要な鍵を握るのが「問屋」です。問屋は、小売店に近いポジションを利用して、商品の売上動向から未来のトレンドを読み、売れる商品を企画し、メーカーと開発する。そんな司令塔のような役割を担っています。
モノ作り=メーカーはどうか?メーカーも自ら企画したものを作り、売りたい。それが理想ですが、現実はそうもいきません。
最終消費地から遠かったり、お店を回るリソースがいなかったり。。
一消費者としても、職業人としても、会社としても、消費者がどんな商品を欲しがっているのかを理解するのが難しい。
もし自分たちで企画・製造したタオルが売れ残ったら。。そんな在庫リスクが頭をよぎります。
問屋は、こうしたメーカーの悩み、マーケティングやファイナンスの機能をメーカーに提供します。
「来年はこんなタオルがトレンドだ」「新シーズンまでに500万枚作って欲しい」
タオルメーカーは、問屋からの注文をこなしていれば、売れ残りのリスクも、何を作ればいいのか悩む必要もありません。
ただ、機械を動かし、注文数を納品すればいい。
受け身だけど金は廻る。この状態。。下記引用にありますが、まさに「麻薬」のようだった。
時間が経つほどに、メーカーは発注者(問屋)の言いなりに仕事をする存在になってしまいます。
そして、他に安い「業者」がいれば、即(他国も含めて)発注先を変えられてしまう。
「悪いけどこの値段でやってよ」「いや、カツカツなんで無理です」「だったら、違う会社に発注させてもらう。他にいくらでもいるんだよ」「。。。」という半沢直樹のような世界。。
気づいた時には販路がなくなり、倒産するしかない。
下記はこの本からの引用ですが、まさに今治のタオルメーカーが、この悪循環にハマってしまったことが述べられています。
「1970年代後半あたりから、今治のタオルメーカーの仕事の中心はOEMへと移行し始めた。問屋がライセンスを保有するデザイナーズブランドの人気に頼ったことで、自社で製品を企画して販売する機会はどんどん減っていくことになる。」(引用)
「当社も、バーバリーやセリーヌやミッソーニといったブランドのタオルを受託製造していましたけれど、海外の有名ブランドのタオルは右から左に売れる時代でしたから、OEMはまるで”麻薬”のようでした。値段的にはラクではありませんでしたが、どうしてもやめられないという•••」(引用)
「ヨーロッパのブランド依存の体質にどっぷり浸かってしまった。時代の趨勢の中で、それは自ら選択した道ではあったが、商売の主導権までをも問屋に譲り渡してしまったことが、結果的に組合員企業の弱体化を招いてしまったといっていい。」(引用)
結局、問屋に主導権が渡り、経済合理性を元に、今治に発注が来なくなってしまいます。
「僕の理事長の任期が切れる二〇〇四年頃は、毎月どこかが倒産していたような状態で、早く組合を辞めたほうが得をすると思っていた組合員もたくさんいたんです。」(引用)
ここまでが、そもそもの発端です。おそらくかつて盛んだった地域が盛り下がる、どこでも抱えてる課題です。
そこで、いよいよ直接販路を開拓すべく、地元でプロジェクトが始まります。
そして、第2の課題に直面します。
ブランド戦略
「もともと世界の展示会で賞を取るほど、品質には定評があった今治タオルですが、その今治ブランドでものが売れるというところまでは行き着いていませんでした。」(引用)
「海外で賞を取ったメーカーは今治にはいくつもあります。だけど、モノは認めてもらえても、そこにお金を出してくれるかどうかは、また別の話。日本のタオルは高いという理由で、優れた技術があるのに、それを商売にすることができていなかった」(引用)
品質はいいのに、売れない。。。
そこで、佐藤可士和氏の出番です。
かつての問屋=マーケットイン的な考えで動いていたサプライチェーンを、「いいもの+ブランド力」=プロダクトアウトの考え方で見直す。
「ブランド力」によって、需要を掘り起こすための活動が始まりました。
佐藤可士和氏は、「価格でなくブランドで勝つ」戦略として、①ブランドロゴの設定、②東京で直営店を開始、③タオルソムリエ資格制度の3点を展開します。
「今治タオル」のブランドロゴは、今治(IMABARI)の頭文字「i」をモチーフに、瀬戸内海に面した今治市にちなんだ太陽と海などが表されています。
今治産のタオルには、このブランドタグが必ず付けられ、今ではどの企業が生産したタオルかなどもわかるようになっています。
タオル企業の方は、こう言います。
「以前は襟のバッジを見た人から、「『なんのマークですか?』と聞かれることがかったけれど、いまはどこへ行っても、ひと目で今治タオルのブランドマークだとかってもらえる。飛行機に乗っているときなど、『今治タオルの人ですか?』と、乗り合わせた見知らぬ人から声をかけられるようになった」
ブランドロゴの制定が、タオルの品質管理だけでなく、地域としての統一感・誇りなどを生み出しているのがわかります。
直営店東京
次に、今治ブランドの認知拡大のため、東京の表参道に直営店を展開します。
この直営店は赤字で構わない、今治のタオルを実際に手に取ってもらうことを目的にしています。
このお店はシンプルでおしゃれな内観に、今治タオルの全製品が並び、感度の高いユーザーだけでなく、メディアなどの窓口としても機能します。
タオルソムリエ資格制度
さらに、ブランドを伝える人を育成するためにタオルソムリエ資格試験を始めます。四国タオル工業組合の資格認定試験として地元企業が協力し、次の7点の知識を習得した人をソムリエとして認定します。
①タオルの歴史②タオルの製造過程③タオルの関係用語④タオルの種類⑤タオルの流通⑥タオルをお客様にお勧めする方⑦その他
タオルソムリエたちは、直営店でユーザーと直接コミュニケーションを取る重要な役割を担います。
メーカーでは手が回らなかった「販売」「マーケティング」の品質を高め、維持する仕組み作りを行なったのです。
ブランド守る大変さ – 産地全体のブランド
ブランドを「つくる」ことの難しさではなく、「守る」ことの難しさです。(引用)
今治タオルブランドのロゴが付いていれば売れる。そんな時期に、地元のタオル企業は、さらなる売上増を目論み、プレミアムラインを新たに作ったり、歌舞伎役者に使ってもらったり、そんな施策を実施しました。
それを見た佐藤可士和さんは、「あなたたちは、まだこんなことをやろうとしてるんですか!」と、怒ります。
なぜなら、プレミアムラインを作れば、現在の「今治ブランド」が、相対的に、ワンランク低いブランドと感じられてしまいます。
佐藤氏はこう語ります。
「今治タオルというのは、クラスの中の優等生なんです。校則を破ったりしないし、勉強もできる。「安心・安全・高品質」というのは、そういう意味です。いつもまじめで生徒会長を任されているような生徒が、急に漫才をして笑いを取ろうとしたって、全然おもしろくないでしょう?それをあなたたちはやろうとしたんです。教室の隅で好き勝手に騒いでいる生徒たちを見れば、自分はおもしろみに久けると思うかもしれないけれど、今治タオルは実直な生徒会長のままでいいんです。」(引用)
ブランドをゼロから立ちあげるのも難しいが、維持するのも難しい。難しいことばかりです。
今治タオルの特徴
タオルは、毎日洗濯される日常使いの製品。そのタオルを作る綿糸の加工には、水が使われますが、その水質が軟水か硬水かでも仕上がりが違ってくるそうです。
「以前、ヨーロッパに旅行したときから、なんでこっちのタオルはこんなに太い糸を使っていてゴワゴワしているんだろうって、ずっと僕は思っていたけれど、その理由がよくわかった。太くて丈夫な糸を使うのは、耐久性を上げるため。肌触りが悪いのは、何度も洗濯するうちに石灰質が繊維についてパリパリになるからです。」(引用)
いっぽう今治の水は、軟水。
「山系を源流とする蒼社川が流れ、豊富な地下水にも恵まれている。その水は、硬度が低く重金属が極めて少ない伏流水。天然の良質な軟水は、綿の加工で重要な役割を果たす。」(引用)
「原糸の表面は天然の油脂分と蝋質で覆われ、水をはじく。それを晒しの工程で取り除くことで吸水性が生まれるが、完全に除去してしまうとやわらかさが犠牲になり、洗濯を重ねるうちにバリバリになる。いい水で、時間と手間をかけて晒し、油分と蝋質を「適度に」残すというデリケートな加工が、使い心地のいいタオルを生み出す。」(引用)
今治タオルのソフトで肌触りの良さは、豊富な軟水と丁寧な加工技術にありました。
産地ブランドの成功
もともと今治タオルのプランディング・プロジェクトは、産地存続の危機を乗り越えるために、タオル産業がスタートした取り組みでした。
次第にその活動は、タオル産業だけでなく、地元経済の活性化につながっていきます。
「地域の雇用を守りながら地域の経済に貢献していくことは、地場産業が発展していくための条件でもあります。組合理事長として表形式に出席したとき、われわれの活動が地域の活性化に寄与し、地域の方々に喜んでもらえ、誇りに思ってもらえているということが実感として湧いてきて、たいへんうれしく思ったことを覚えています。と同時に、これからも地域とともに繁栄していくためにも、われわれにはまだまだやるべきことがたくさんあると、身が引き締まる思いでした」(引用)
まとめ
ということで、この本は、
①「メーカー・問屋・小売」サプライチェーンの構造と課題
②高品質商品を販売するための、ブランド戦略
上記2点を学ぶための、とてもよいケーススタディであると思います。iU図書館にありますので、興味ある人は借りてみましょう。

